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2012年1月の7件の記事

北欧生地はぎれ福袋

昨年暮れから、無性に北欧生地に惹かれ始めました。これまでも多少の興味はありましたが、なぜか急激に。北欧生地独特の大胆で楽しげなデザインで、自分の気持ちを盛り立てたくなったのかも。
はじめは、CORTINAでブックカバーと机周り用の生地を買いました(これについては、後ほど別に記事を書きます)。それで、生まれて初めて北欧生地を自分のものにしたのですが、想像以上に素晴らしく、すっかり魅了されました。HPには心惹かれるデザインの生地が他にもたくさんあり、もっといろいろ見てみたいと思いましたが、いちいち購入していては大変。また、近場で北欧生地をたくさん扱っている実店舗がどこにあるのかも分かりません。そこで、【柄系統・ブランドで選べます♪】北欧&英国生地が豊富!はぎれ福袋(布・生地)カットクロスを購入してみました。ショップのイメージ写真だと、好みの生地がたくさん写っていて期待が高まります。

今回は、2セット注文しました。実際届いた生地はこちら。

<マリメッコ・セレクト>

M

上段左からVALPURIBOTTNA、不明。下段左からミニウニッコMUSTIKKAMAA。私としては、良かったのは下段の2枚だけ。でも、残念なことにサイズが小さい。好みから外れた上段3枚の方が、大きいです(生地は、どれも二つ折りにしました。サイズが多少分かりやすいよう、1センチ方眼のシートの上に置いてあります。)。特にVALPURIはどうして良いか分かりません。子供は喜ぶ絵柄かもしれませんが、我が家は大人だけなので。

<ランダム・セレクト>

R

この福袋、マリメッコ、ボラス、アルメダールはブランドセレクトがありますが、他のブランドは用意されていないので、この三つのブランド以外の生地が入ることを期待してランダムを選んだのですが(シナマークが好きなので!)…。結果はこの通り。
上段左からMALAGA(ボラス)PIENI MELOONI(マリメッコ)。下段左からLITTLE GEMS(ハーレクイン)、不明、Surt sa raven「キツネとぶどう」(アルメダール)。はじめに封を開けたとき、この何とも言えない色の組み合わせに愕然としました。私が自分で使いたいと思ったのはLITTLE GEMSだけ。ハーレクインの生地が見られたのは良かったです。「キツネとぶどう」はブックカバーで買ったので、これ以上はいらないと思っていました。PIENI MELOONIは、せめて色違いの方だったらまだ使いようがあったのですが、この刺激的すぎる色合いは…私にはどうして良いやら分かりません。

今回は、どちらかというと色合いが地味でがっかりしたのですが、夫に見せたら、「これでカバーを作って」という生地もあったので、それほど無駄にすることもなさそうでホッとしました。男性向きの生地が多かったかも。でも、夫もPIENI MELOONIとVALPURIは受け付けませんでした。

ところで、マリメッコは生地が薄いのですね。巾着袋に良さそうな厚みです。アルメダール、ボラスはしっかりした厚みのある生地です。

けっして大満足とは言えない今回の福袋でしたが、性懲りもなく、追加販売されたボラス・セレクトを注文しました。本当は、これを買いたかったのですが、発売当初はなぜかこのセットが販売されていなかったので。こんどこそ、好みの生地だと良いのですが。

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超軽量スーツケース

もう何年も前からスーツケースのキャスターが壊れていた夫。昨夏のスイス旅行を機に、スーツケースを新調しました。RIMOWA サルサエアー 84L。これが、驚くほど軽くて動かしやすいのです。一方、私は15年前に購入したサムソナイトのスーツケースでスイスへ。1年間の留学用だったので、ビッグサイズ。購入当時としては最新でしたが、今となっては他と比べると異様に動かしづらく、キャスターというよりは自分の力が頼りという感じ。9月のモスクワ出張を控え、搭乗客に不親切この上ないシェレメチェボ空港で(段差あり、キャスターが転がりにくい床面)、このスーツケースを自分で扱えるか、無理をして右手を決定的にだめにしてしまわないか不安は募る一方でした。
 そこで、思い切って、背に腹は代えられないとRIMOWA サルサエアー 92Lを購入。高価なのでものすごく悩みましたが(スーツケースが壊れたわけではなかったので)。結果としては、買ってとても良かったです。今までのものとは比べものにならないくらい動かしやすい。自然にスイスイ進んでいきます。また、スーツケースそのものが軽いので、同じくらいの荷物を入れても重量オーバーになりません。唯一の懸念は、中で衣類がぐちゃぐちゃにならないかということでした。サムソナイトのスーツケースは中にハンガーが付いていたので、スーツやコートはそれに掛けておけば、ぶら下がっている状態なのでほとんどしわになりませんでした。でも、リモワはハンガーがありません。スーツケースを立てたとたん、下の方にぐちゃっとなってしまうのではないかと不安でした。ですが、杞憂でした。両面、ファスナーでぐるっと覆うメッシュ状のフレームが付いているので、ある程度きっちり詰めれば、中で衣類が動くことはありませんでした。しわにもならず。荷物が飛び出ることもなく、ストレス無しでした。

スーツケースの色はアクアマリンにしました。でも、多分、他の乗客も全く同じスーツケースを持っている可能性が高いでしょうから、アルファベットシールで名前を貼ろうと、何軒か文房具店を回って探しました。ですが、案外見つかりませんでした。そこで、ネットで注文。このアルファベットシールです。それから、ネームタグも付けることに。トランクの形をしたネームタグを購入しました。他に、夫がPCで作ってくれたオリジナル(?)シールもべたべたと。リモワのスーツケースのスタイリッシュさは、完全に失われました…

さて、シェレメチェボ空港ですが、実は2年ほど前にリニューアルしていました。私はそのことを全く知りませんでした。到着してみたら、あの、来たことを後悔させるどんよりとした、気鬱な空港ではなく、明るく現代的で、勝手の良い空港。あの空港をここまでリフォームできたなんて、奇跡的だと感心し、迎えに来たホームステイ先のロシア人にそのことを伝えたら、「違うわよ、これは全く新しい空港よ。別の場所に新しく空港を作ったのよ。あの空港をここまでリフォームできるわけないじゃない」と一蹴されました。

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大人の住所録

住所や電話番号、メールアドレスを電子データで管理している方も多いと思いますが、私は今でもアナログ派。iPod touchを購入した頃は、「これからはここにデータを入れよう!」と思ったりもしましたが、なぜかその作業が苦痛で、やる気が起きず、ほんの少し入力しただけでやめました。
そのアドレス帳ですが、これまではスケジュール帳についていたものを何年もそのまま使っていました。でも、持ち歩いたりするうちに、シミがつき、すっかりくたびれたので、今度は「おまけ」ではなく、ちゃんとしたアドレス帳を買って、そちらに書き写そうと思い立ちました。
ですが、探してみると案外良いものが見つかりません。希望は、シンプルで、上質な紙で、飽きがこないもの。なによりも、、あまり大きくもなく、厚みもないこと!というのも、私は海外には必ずアドレス帳を持参し、常に携帯しているからです。知り合った人に、直接連絡先を書き込んでもらうこともあります。
そんな中、昨年暮れに、新宿高島屋で適当なものを見つけました。大人の住所録 A6版。大きさも、厚みもぴったり。1頁に二人分書けて、スペースも必要十分です。新年を迎えて、住所録の整理もかねて書き写しました。
それから、大きな付箋に各種パスワード等を書いて、この住所録の表紙裏などに貼りました。私はいつも、アドレスデータとパスワード類はまとめて管理しています。付箋にしておくと、必要なときに簡単にはがせます。

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右手親指腱鞘炎(ドケルバン病)-手術後

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手術から1ヶ月経ちましたが、本当に手術をして良かったと思っています。あの痛みを抱えたまま一生生きていくなんて、とても考えられません。今では、手術前にできなかったことのほとんどが、痛みなくできるようになりました。字を書くことも、コップを洗うことも(平べったいものはまだしも、窪みのある器ものは激痛でした!)、ハサミで紙を切ることも。
ただ、今でも荷物を持つのはためらわれますし(ある程度の重さのものを持っていると、傷口がちくちくし出すのです)、多分、カボチャを切るのも厳しいと思います。結局、まだ傷口に引きつれ感があり、そのためか、手を伸ばすと手の甲に引っ張られるような痛さを感じることがあります。また、袖口があたるだけでも傷口がちくちくと痛みます。傷の長さは2.5センチほど。3針縫いました。
ただ、一番の問題は、長い間、手首と親指を動かせなかったために、関節が固まってしまい、なかなか元のようには動かせないということです。親指はだいぶましになりましたが、それでも、手首から親指の付け根にかけての部分に、触ると感覚的に違和感があります。手首は、決定的に硬いです。医師にも、関節がずいぶん固まってしまっていると言われました。これは自分でその部分を使って、元に戻すよう努力するしかありません。
現状はこんな感じですが、ここまでに至る過程を綴ってみます。

手術を受けるにあたって、心配だったのは、腱鞘を切ることで手の機能に問題が生じることはないのか、ということでした。それは、何度も医師に尋ねましたが、問題は起きないとのことで、今の私の状態を見ても、確かに問題はないと思います。
そしてもう一つは、抜糸までの2週間をどう乗り切るかということでした。つまり、抜糸までは傷口を濡らしてはいけないので、それだけ日常生活に支障が生じるからです。もちろん、術後の痛みでどの程度右手が使えないかも心配です。
当初は、右手が使えなくても夫が手伝ってくれるから大丈夫と、それほど心配はしていませんでした。ですが、思いがけないことに夫が入院してしまい、手助けしてくれる人は誰もいなくなってしまいました。すべてを自分一人でこなさなければいけません。手術前は不安で一杯でしたが、事前の用意があれば、何とかなるものだということが分かりました。そして、本当に大変なのは最初の1週間でした。その1週間をどう乗り切ったかは、多分、一人暮らしでこのような手術を受ける方にも参考になるのではないかと思います。

<手術当日~3日目の通院>

3日目に経過観察で病院に行くまでは、手首も親指も包帯でしっかり固定され、全く動かせない状態でした(指先は動かせましたが)。そして、痛み止めを飲んで動かさなければ痛みは感じませんでしたが、とても右手を使って何かができる状態ではありませんでした。
この間は、右手では箸も、スプーンも、フォークも扱えず、左手だけで食事をしました。手術前日、ありったけの野菜で、ゴロゴロとしたポトフを大量に作っておきましたが、これがとても良かったです。フォークで刺せるようにゴロゴロと、というのがポイントです。それから、ピーマンの塩麹漬け。これもフォークで刺せる大きさ。そして、本当に作っておいて良かった!というのがおにぎり。事前に、今後2週間はご飯を炊かなくて良いように、ご飯茶碗一杯分ずつラップにくるんで冷凍しておきましたが、最初の3日分は塩むすびにしておきました。これで、左手だけで主食が食べられ、とても楽でした。本当はもっと作っておけば良かったと思いましたが(箸を楽に使えるようになるのはまだ先だったので)、腱鞘炎ではおにぎりを作るのもかなりの痛みを伴うので、これが限界でした。今から思えば、切り餅も用意して主食代わりにしても良かったかもしれません。お餅の存在、完全に忘れていました。それから、パン屋で買ったサンドイッチももちろん良かったです。
お皿を洗うことはできないので、左手で持ち、お湯で洗い流すだけにしていました。そして、食卓を拭くのに重宝したのがスポンジワイプ。なぜか夫がこれを買い、少し前から使っていたのですが、本当に、これなしでは食卓を拭くことはできませんでした!左手でギュッと握るだけで簡単に絞れるので、扱いがとても楽でした。普通の雑巾を左手だけで絞るのは至難の業ですから。

<3日目の通院~1週間目>

傷口にはバンドエイド、そして手首だけ包帯という、かなりの軽装になり、手のひらは完全に自由になりました。

ポトフも底をついてきたので、多少の料理をしなければいけなくなりました。お弁当ばかり食べているわけにもいきませんし。手術前日に、にらなど、野菜をすぐに料理に使えるようにある程度の大きさに切ってタッパーに入れて置いたのが役に立ちました。1週間くらい切った状態で持ちそうな野菜は、とにかくたくさん用意しておくことをお勧めします。レタスなども一口大にちぎっておいて、すぐにサラダを作れるようにしておきました。それから、「らでいっしゅぼーや」で温めれ・焼けば良いだけのお総菜をいろいろと買い込んでおきました。「らでいっしゅぼーや」のお総菜は、通常の市販品とは違って、自然な味付けなので食べても違和感がありません。私が、多少なりとも包丁を使えるようになったのは手術から1週間たってからでした。それまでは、どうしても包丁を握る気にはなれませんでした。
入浴も、3日目から開始しました。右手には家事用のゴム手袋をして、濡らさないよう注意しました。重宝したのが、腱鞘炎になってからずっと愛用していた【おぼろガーゼゆあげタオル】バスタオル【おぼろガーゼタオル】フェイスタオル。とにかく薄くて軽いのです。右手に問題があっても、楽に扱えます。
洗髪は、3日に一度、美容院でやりました。計2回。事情を説明して、「頻繁には洗えないので念入りにお願いします」と言ったら、3度洗いしてくれました!髪の毛自体は片手でも洗えないことはなかったのですが、ドライヤーで乾かすことができないので、お願いしました。右手ではドライヤーを持ち続けることも、手櫛も無理だったので。
この頃は字を書くこともかなりきつく、板書はどうしても必要となったら左手でしていました。パソコンも、右手は指一本だけでした。

<1週間目~抜糸まで>
包丁も、葉物類なら切れるようになり、洗い物もゴム手袋をしてできるようになりました。手術前にはあんなに痛かったコップ洗いも平気になっていました。
洗髪も自分でするようになりました。洗うのは左手一本ですが、短時間なら右手でドライヤーを持っていられるようになりました。
手術からとにかく右手の使用を避けていましたが、どうしても右手でないとできないのが歯磨きでした。これが、かなり痛かったです。手首が動かせないので。なんとか撫でるような状態で、満足な歯磨きもできないので、私はあえてこの時期に歯医者に定期検診の予約を入れておきました。合わせて、歯のクリーニングもしてもらうためです。
板書は、右手で少しやってみましたが、やはりまだ痛く、あまりできない状態でした。
抜糸まで大変だったのは洗顔。左手だけでやらなければならないので。とくに洗い流すのに苦労していましたが、「厚手のコットンをひたひたに濡らして、それでぬぐうと良い」と聞き、さっそく、買ったは良いものの全く使わないでいた佐伯チズ ローションパック コットンで試したところ、思いの外きちんと、簡単に洗い流せました。このやり方はお勧めです。ただ、クレンジング剤を洗い流すのは大変でしょうね…私は、割り切って口紅だけにしていました。

<抜糸~1ヶ月目まで>
料理は、カボチャ以外は問題なくこなせるようになりました。ただ、出汁用昆布をハサミで切ろうとしたら痛みが走りましたが。
パソコンも、3週間目を過ぎたあたりから右手の指すべてを使って打てるようになりました。ただ、マウスは1ヶ月すぎるまでずっと左手でした。マウスは相当手首に負担がくるらしく、試しに使ってみると傷口が痛みました。今でも、マウスはあまり長くは使えません。
字を書くことも、この頃にはほぼ問題なくなりました。たくさん書くのは無理でしたが(ということで、年賀状は「大量の印刷文面+ほんの一言手書き」でした)。力が必要なこと以外は、ほとんどこなせました。

***
こうして、現在に至ります。

とにかく、私がお勧めしたいのは、自然治癒が見込めないときはすぐに手の専門医の診察を受けるということです。痛みで使えない状態のまま放置すればするほど、関節は固まり、予後が大変になります。

私の腱鞘炎記録もひとまずこれで終わりです。どなたかのご参考になれば幸いです。

***
写真はメーリホヴォにて。遠くに見えるのが母屋です。

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右手親指腱鞘炎(ドケルバン病)-手術

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手術は10分ほどで済むと言われていました。なので、処置室のような、簡易的なところでやるのかと思っていたら、まさにドラマでよく見かける、あの手術台特有の照明に照らされ、常に心拍数を計測、という極めて本格的な手術室で行われ、私はそれだけでドキドキしてしまいました。

手術は午後からでしたが、昼食はとらず、手術開始時間の30分前には来ているように言われました。到着後、しばらくすると手術着に着替え、手術台に。医師には、「手術よりも、そのための準備に時間がかかる」と言われましたが、多分その通りだったのだと思います。右腕全体に、イソジンを丹念にぼたぼたに塗りまくって消毒。そのあと右腕全体をバンドで強く巻き上げ、上腕部をチューブで縛り上げ、バンドが外されました。手術中、右手に血液が回らないようにするためです。それから、麻酔の注射。「これは皮膚麻酔だから、ものすごく痛いよ」とあらかじめ言われましたが、確かに、尋常でない痛みでした。多分、3本くらい打ったと思いますが、皮膚表面を針で波打たれるような感覚でした。

そして手術開始。麻酔のおかげで、痛みは感じませんでしたが、切っているという感覚はあるので、気分の良いものではありませんでした。また、10分ほどといわれたその時間も、永遠に続くかと思われるほど、長く長く感じられました。
手術は、腱鞘を切り離し、腱を解放するというものです。その、腱鞘を(おそらく)ハサミで切っている間(パツン、パツンという音がしていました。とても、いやな感じでした)、医師はなんども「厚いな、厚いな」と言っていました。あとで聞いたら、腱鞘炎がかなり進んでいたので、腱鞘が腫れて相当厚くなっていたそうです。
そのあと、縫合、包帯をして終了。血液を止めていたので、指先がものすごくしびれていました。

手術代ですが、24610円、うち3割負担なので(国民健康保険)、実際支払ったのは7380円。2日後の経過観察、2週間後の抜糸、薬代を含めても1万円ほど。こんなに安い値段で10ヶ月間悩み続けた右手の痛みから解放されるとは驚きです。時間も、病院に入ってから出るまで1時間半ほどでした。

手術前、「帰るときにはこの腱鞘炎の痛みはもうないから」と言われました。多分、そうだったのでしょうけれど、手術の痛みがあるのであまり実感はありませんでした。術後の経過については、次の記事で書きます。

***
メーリホヴォに居を構えたチェーホフ。70万坪以上ある敷地内には、母屋、台所、蒸し風呂、『かもめ』を執筆したという小屋、畑、果樹園などがありました。そして、モスクワ大学医学部卒で医師でもあったチェーホフは、ここに診療所も構え、村の人々を無料で(!)診察していました。写真はその診療所です。内部はこんな感じ。

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右手親指腱鞘炎(ドケルバン病)その後-手術まで-

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以前、「日本手外科学会」という記事で、右手親指の腱鞘炎になったことを書きました。実は、こちらの記事はコンスタントにアクセス数が多く、また関連用語での検索頻度も高いので、私と同じように手の不調で悩んで、いろいろと情報を必要としている方が多いのだと思います。ですから、その後の経過について、新たに記事を書くことにしました。

結果的に、ちょうど1ヶ月前の12月に手術をしました。本当は、完全に痛みがなくなり、何も不自由を感じなくなってから記事を書こうかと思っていましたが、そうするといろいろなことを忘れてしまいそうなので、現時点でとりあえず記録に留めることにしました。一応、医者からは「手術から1ヶ月経ったら、何をしても良い(力仕事も)」と言われたので。

***
<5月~7月中旬>
注射の効き目が続いていた時期です。この間は、多少の痛みはあるものの、日常生活に支障なく右手が使えていました。もちろん、荷物を持つことは控えていましたが、洋裁もできましたし、右手で髪の毛をとかすことも問題ありませんでした。ですが、ステロイド剤の影響で、注射をした周辺の皮膚の色が抜けて、白く、透き通ったようになってしまいました。これは、この注射をするとよくあることで、注射で打った薬の効き目がなくなると皮膚も元の色に戻る、そして色が元に戻らないうちは注射を打つことも、手術もできないと言われました。
その注射の効き目が終わったのが7月中旬でした。右手に痛みを感じ、見たら皮膚の色が戻っていました。そして、そのときから徐々に、でも確実に右手の状態が悪くなっていきました。

<7月下旬~8月中旬>
右手に痛みは出てきたものの、無理をしなければ、ある程度の量の原稿をパソコンで打つことができた、最後の3週間でした。この間に、9月の学会での発表原稿を仕上げることができました。

<8月下旬>
スイス旅行に行きました。とてもとても楽しい旅行でしたが、やはり、旅先ではどうしても、たとえ一瞬であれ、右手で荷物を持たざるを得ないときがあったためか、右手の状態がまた一段、悪化しました。

<9月>
モスクワ出張。とにかく手を温めることが重要と医者には言われましたが、残念ながら、9月はある意味ロシアが一番寒い時期。というのも、モスクワでは基本的に10月から集中暖房が入るので、9月は、たとえ連日最高気温12-13度でも、暖房一切なし(どこへ行こうと、一切なし!ホテルはどうだか知りませんが…)で過ごさないとならないのです。そのため、右手は冷え切った状態でした。
加えて、ロシアはどこもかしこも、扉が半端なく重いのです!どうしたって、両手を使わないと開かない重さ。特に、いつも左手は荷物でふさがっているので、その左手だけで開けるのは不可能でした。どのくらい重いかというと、あるとき、研究所内の階段に通じる扉がどうしても開けられず、ここは閉まっているのか?と思い、近くにいた恰幅の良いロシア人女性に「ここは開いていないのですか?」と聞いたところ、「開いているでしょう」との答え。ただ、その女性も手では開けられず、体当たりしてようやく開き、「ほら、やっぱり開いていた」となったのでした。
そんなこんなで、徐々に右手も悪化し、途中まではホームステイ先が用意してくれた普通のバスタオルを使っていたのですが、途中から痛くてとても扱えなくなり、偶然持ってきていた超薄のバスタオルを使い始めました。

<10月~11月中旬>
モスクワにいたときは気が張っていたのか、字を書くことには支障なく、日常生活もこなせていたのですが、帰国したとたん、右手の痛みが尋常ではなくなっていました。事実上、字は書けなくなりました。横線、縦線を書くだけでも、大変な痛みでした。一度に、二人分の宛名を書くのが精一杯でした。それも、ゆっくり、ゆっくりと。ただ、私の仕事は板書を伴うので、それは省くわけにいかず、結果として土曜日には右手の痛みに苦しみました。もちろん、この頃には右手で髪の毛をとかすことも、シャーペンの芯を出すこともできなくなっていました。親指は、開くことも、閉じることもできず、ほとんど動かせませんでした。そのため、紙1枚を切るのも、左手の助けを借りないと無理になりました。
10月上旬は、仕事上、A4で8頁ほどの書類を作成しなければならず、それは何とかこなしました。ただ、それでさらに右手を悪化させたのか、下旬にはまとまった量の原稿をパソコンで作成することはできなくなっていました。11月には国内での発表があり、本来ならそれ用の原稿を作るべきだったのですが、もはや書くことも打つこともできなかったので、仕方なく過去の原稿を切り貼りしてしのぎました。

<11月中旬~12月初旬>
11月中旬の国内出張で、さらに右手が悪化しました。どこか旅行に行くたびに確実に右手が痛くなるというのは、辛いものです。気晴らしに旅行もできません。また、洋裁での気晴らしも不可能です。
すでに、10月の時点で、私は手術を受ける覚悟を固めていました。そして、受けるなら、比較的仕事量の減る12月と決めていました。11月の国内出張が終わり、ようやくある程度の余裕が生まれたので、病院へ行きました。私の状態を見て、医者も手術を勧めました。手術をすれば二度とこの腱鞘炎を繰り返すことをない、だからひどい人ほど手術を勧めるとのことでした。もちろん、私も即断しました。年内に抜糸が終わるようにと、12月上旬に手術の予約を入れました。病名は「右手関節狭窄性線消炎(ドケルバン腱鞘炎)」、術式は「腱鞘切開手術」です。

***
9月にモスクワの南東70キロに位置するメーリホヴォを訪れました。持病の結核が悪化したチェーホフが移り住み、居を構えた村です。写真は、そのチェーホフが戯曲『かもめ』を執筆した家です。

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新年

P1000982_2

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

昨年は、日本で、世界で、予想もしなかったことが起こった1年でした。
そして私個人としては、健康の大切さを痛感した1年でした。2011年は、いろいろと新たな経験ができた年でしたが、同時に、右手の不調のために多くのことが滞ってしまった年でした。今年は健康面で不安を感じることなく、仕事に、プライベートに、充実した1年を過ごせたらと思っています。

昨年は洋裁もほぼ休業状態でしたが、少しずつ再開したいと思っています。新作パターンも、他の方の素敵な作品も、指をくわえて見ているしかなかったので、作りたいという気持ちで一杯です。年末に、机周りのインテリアに統一感をもたせよう!と思い立ち、インテリア生地を購入したので、まずはリハビリをかねて(?)それで簡単なカバーを作るつもりです。

写真は9月にモスクワで購入したグジェリの置物。ミシンを踏んでいるというコンセプトが気に入りました。はじめ、犬かと思ったのですが、よく見たらねずみでした。

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  • HNはsnow-yuki。「仕事にも着ていける服」をコンセプトに洋裁を楽しんでいます。
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