夏の長崎・五島旅行 ー福江島2日目 外回りコース午後ー
昼食を済ませ、貸切観光タクシー 福江島外回り観光コース6時間の後半開始です(今HPを見たら、34150円に値上がりしていました)。
まずは日本の渚100選に選ばれた高浜ビーチ。

運転手さんは「今日は海が荒れているからあまり海水浴客はいないだろう」とおっしゃっていましたが、けっこう人がいました。海水浴場の砂浜に立つのは本当に久しぶりで、波の満ち引きを見ているだけでも楽しく、ゆっくり、心ゆくまで砂浜にいました。

そのあと、この高浜ビーチがよく見える高台に連れて行ってくださいました。波がけっこうあるのが分かりますね。

高浜ビーチの奥にも別の海水浴場があります。高浜ビーチは道路からダイレクトに砂浜に行けるのでこちらの方が賑わっているそうですが、今日は奥の海水浴場の方が波が穏やかなようです。

この高台から、高浜ビーチの反対側に目を向けるとこのような風景が広がっています。

このあとは北の三井楽町に向かいます。

最初の観光は三井楽教会です。外壁正面の陶器で描かれた大きなモザイク聖画(テーマは諸聖人)が印象的な現在の教会は、1971年に建立されました。内部は美しいステンドグラスがありますが、2005年に完成した比較的新しいものです。

この地区のキリシタンの歴史は、1772年に70人の農民が渕ノ元へ、翌1773年に大勢の信者が三井楽へ移住して始まりました。1880年、現在の三井楽教会がある場所にゴシック様式の木造教会が建設されましたが、老朽化とシロアリの被害により、1970年に解体されました。
さて、五島は遣唐使ゆかりの地としても興味がありました。
遣唐使の航路は、初期は壱岐・対馬を経由する北路がとられていましたが、奈良時代後半以降になると五島列島を経由する南路がとられるようになりました。804年、平安時代最初の遣唐使として唐に渡った空海と最澄もこの南路を使用しました。
三井楽町には遣唐使が日本で最後に寄港する場所があり、是非訪れたいと思っていましたが、福江島の北西の外れにありますので、遠くて無理だと諦めていました。貸し切りタクシーのモデルプランにもここは入っていなかったのですが、どうやらモデルプランというのは最低ラインらしく、運転手さんとしては始めからここもプランに入っていました。とても嬉しい誤算でした。

まず訪れたのが、みみらくのしま。遣唐使の最終寄港地で、空海が渡唐する際に日本を最後に見納めた地に空海記念碑「辞本涯」が建立されています。


暴風、高波、船酔い、飢え。難破漂流することも珍しくなかった中で、学問を修めるためにこの海原に漕ぎ出でたのだと思うと、感慨深いです。

陸側はこのような風景です。
次に、近くの水ノ浦教会に向かいました。

水ノ浦教会の歴史は、1797年に五島と大村の藩の政策によって外海から5人の男性とその妻子が移住したことにはじまると伝えられています。彼らは仏教徒を装いながらひそかにキリスト教を信仰していました。そして禁教の高札撤去から7年後の1880年に、水ノ浦の信徒たちは最初の教会を建立しました。やがて潮風により老朽化し、1938年に鉄川与助設計、施工して現在の教会が建てられました。


最後に立ち寄ったのは魚津ヶ崎公園。遣唐使船日本最後の寄泊の地として記録されている場所で、「遣唐使船寄泊地の碑」が建てられています。

そして陸側はこのような風景です。
福江島を知り尽くした運転手さんが迷うことなく道を進めてくださったおかげで、非常に多くのものを見ることができました。車中では観光地だけでなく、現在の福江島についても色々と話してくださいました。当初は大型スーパーは商店街に建つ計画だったのが、商店の反対により全く違う場所に建つことになり、それによって商店街に人が来なくなり衰退したこと。廃校が非常に多いこと。毎年200人ほどの移住者がいるけれど、その中で住み続ける人はほんのわずかなこと。地元の人から見ると「こんな辺鄙なところに?」という場所を住居として選ぶ移住者がいること、など。自分たちだけで観光するよりもずっと充実した福江島旅行になりました。

